良いピアニストはピアノを選ばない

ピアニストにはいつも「自分の慣れ親しんだピアノではないピアノで演奏する必要がある」という難題がつきまといます。ミケランジェロやホロヴィッツなどは、愛用のピアノをどこにでも持参していたそうですが、それはレアなパターンであって、ピアノをどこにでも持ち運ぶというのは現実的ではありません。

音楽ホールなどが所有するピアノは、そのクオリティがバラバラです。ピアノによって鍵盤の触り心地や重さ、タッチ感、音質、音の出方は違います。そして伴奏、オーケストラとのコンチェルト、ソロなどによって、最適なピアノはそれぞれ違ってきます。

ですから、誰しも自分が使いやすい、そして制御しやすいピアノで演奏したくなるものですが、それが完璧に叶うことはまずありません。むしろ、自分にマッチしないようなピアノで演奏しなければならなくなるケースもかなり多いです。

では、ピアノのプロはこういった事態に対してどのように適応しているのでしょうか。

クリスティアン・ツィマーマンなどのように、愛用のピアノをどこにもで持参し、その上でお抱えのピアノ調律師も作って、常に調律させるのがベストですが、これなどは、世界的なピアニストでないと実現できないことだと思います。

ピアノについてはホールのものを使うにしても、調律師だけはいつでも連れているようなピアニストは多いです。そのホールで一番よく響くようにピアノを調節することも一流の調律師であれば可能ですし、演奏する人の癖も把握している調律師であれば、いつでもベストなコンディションにしておくことができるはずです。

では、これほどのことは実現できない、資力のない大半のピアニスト達はどのように対応しているのでしょうか?

普通は、リハーサル(ゲネプロ)としてから本番に臨みます。その際に調節がいると思ったら、調律師に頼んで整えてもらいます。ですが、それも永遠にできるわけではないので、懸念が残ったまま本番に臨まなくてはならなくなる場合も多いです。

ピアニストの横山幸雄氏は「タッチが重いピアノなどを弾くと、弾いている最中にしっかり演奏しないと、という雑念が入ることがある」と語っています。また、横山氏は「管理、調節、ピアノ自体の魅力が、それぞれ噛み合った際には、表現に余裕ができるので、演奏していて幸福な気持ちになる」ともおっしゃっています。

そして、かの有名なリヒテルは「用意されたピアノで演奏するだけだ。ピアノを選択することはしない」と語っています。リヒテルは「全てのピアノに、自身の魂を乗せることができなくてはならない」と考えていたようです。ピアノ演奏者には、どんなピアノやその周辺環境にも適応できる精神力や、柔軟性、そして音楽に対する熱意が必要であると彼は言いたかったのだと思います。

ちなみに、国内の大半のピアノコンクールでは、リハーサル無しで本番に臨むことになるそうです。ピアノ演奏者にとっては、これほどプレッシャーの掛かることはないでしょうね。

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